前立腺肥大奮闘記 

【前立腺肥大奮闘記】最終回

著者 のだ けんご

2009年2月起草

配達も終わり、大川市の妹婿の家にお邪魔、尿意を催しトイレへ、

放尿したら、あのミミズの死骸状態の血魂が大量に出血、ビックリ、これが夕方まで五回、心配になり夕刻六時頃聖マリア病院へ駆け込む、

病状は自分でだいたい判るので受付にて止血剤を下さいと申し出たが、診察を受けて頂かないと看護師では出せないとの返事。

仕方ないので、受付を済まし待っているが、

今日は大晦日、専門医はいない、インターンらしき若い医師が三人である、おまけに、幼児の受診者が大変多い、救急車は次々と入って来る、待つこと三時間診察の見込みは未だ不明

その間三回ほどトイレへ、血尿は薄れてきた、自分の判断で大丈夫だと、診察も受けず、薬も貰わずに帰宅、無事に年越し。

正月は寝正月で終了、四日からは商工会やら市の行事やらで、予定がいっぱい、一週間はあっとの間に過ぎた。

この間、会う人毎に病状の心配をしてくださる、有難いものだ。

いまだに尿意を感じたら出来るだけ早くトイレへ直行は変わらないが、日数が薬で段々よくなるであろう。

申し遅れたが、未だアルコール類は一滴も口にしていない。平成二十年一月十八日、聖マリア病院へ退院後初めての外来検診。

経過状況の説明と2〜3の質問をする。この先一ヶ月位、自転車は禁止、アルコール禁止、重量物は持つな、等々、注意が出された。

大事な指示がひとつ無い、そこで先生に尋ねる、看護師の手前セックスとは言い難い、そこで先生バイアグラの使用は大丈夫ですか?と・・・・すると

平島先生はニコリと笑い、「いま少し辛抱ですと」、

いま少しは、しばらくすれば、大丈夫と言う事であると理解したが?


その後の三月某日、体調も回復、小用も直角に便器に当り跳ね返りに用心する状況である。

小便出にくい近すぎ、関係者諸君?安心あれ。

前立腺手術を受けてもまだ男の権威は保てることを、

但し射精管の構造上、子孫繁栄の道具としては、役に立たないことも、重ねてお伝えし前立腺肥大奮闘記を完結とします

                      筆者 のだ けんご

編集後記

この物語をチョロチョロ排尿に悩む男性諸君に捧げる。

泌尿器科への訪問は一時の恥、前立腺手術は一時の苦痛、後は若さが蘇る。             


【1963年  のだ けんご19歳】


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