前立腺肥大奮闘記 

【前立腺肥大奮闘記】その6

著者 のだ けんご

2009年2月起草

今回のように二十日間もの入院は初めてで若い時、虫垂炎で三日入院以来の事である、

術後の三日、四日はひたすら、痛みに耐えながら寝ているが、痛みも無くなり多少動きができるように成ると、長い退屈な時間が襲ってくる、

そんな時にお見舞いに来て頂いた方々には感謝申し上げる、話ができる、時間の経過が早い、楽しい、本当に感謝します。入院の間百人近くの方々が心配してお見舞い頂き、改めて自分は幸せ者だと、思い直しました。

還流は時間と共に血尿の色も薄れてき、晴れて 導尿管より解放され自由に食堂へもトイレにも又シャワーにも行けるように成ったら、退院の日が待ちどおしい

しかしまだ時折ミミズの死んだ形の.古い血液の塊を吐き出す、これは前立腺を電気メスで削っているので傷口の傘蓋状態の古い血液が剥がれ落ち尿道から出てくるのである、この時は気持ちが悪い、痛みは感じない。

導尿が長かった分バルブの筋肉が正常に戻るにはある程度時間が掛かる、であるから、自由に成ったものの、尿意を感じたら、即トイレに立たないと間に合わなくなる、放尿開始の状態になるや水門を解放した状況の勢いでドドット一気に出てしまう

元気な時のように途中で止める事はまだ出来ない この状態が回復するのは日にちが薬であろうと想われる。

段々と看護師の皆さん達とも心打ち解けて色々な話題が持ち上がる、良くある話だが、患者と看護師の恋愛問題、泌尿器科にとっては考えられない、

何故なら今のいままで、しょぼくれた元気の無い祖チンをさらけ出していたから、恥ずかしくてそんな気にはなら無い、であろうと、又看護師さん達も見たくも無いものを嫌と言うほど見せ付けられている看護師との恋愛を夢見るならば他の病気で入院を勧める

入院二十日目にやっと退院お世話になった病院の皆様に十分にお礼の挨拶をして、家路へ、狭いながらも、楽しい我が家、

やはり家は落ち着く病院内では体力は大丈夫と想っていたが、

世間の風は入院中の体力では通用しない、外を歩くと足が地に着かない感じでしっかりしない、ベッドの生活で筋肉の衰えがこんなにも?と感じる。

年老いたら一生懸命動いていないと五体の衰えに追い着かなくなりそうだ、毎日の散歩、銭に余裕のある人間は下手でもゴルフを勧める

今日は大晦日私もお陰様で足腰も強くなり地に着いてきた、車の運転は出来るので、次男の配達の手伝いである、

息子はシェフである、今年は正月用のおせち料理を創作、


三段重の洋風創作おせちを創作、二万五千円である、中身を見るまで心配したがフォアグラ、キャビア、等々珍味珍品の高級食材もふんだんに使用、飾り付けも親が言うのも可笑しいが、見事なものである

、味は持って生れた天性か過去に日経レストランコンテストで日本一になった腕前有るから心配は無い、

これなら高級ホテル、某デパートで売っている品物より遥かに安い。後日お客様より、お褒めの電話を何本も頂き本人も感激であった、

          次へ続く 

【1963年  のだ けんご19歳】


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